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魔法に練習はいらない

ここが1つ全く理解できないのだが、
練習の話をする人がいる。
1日8時間練習しただとか、1年間研究してるだとか、半年練習してるけどまだ出来ないとか。
言う。
消しゴムの角を使われても全然気にしないたちだから、私だってそんな事に目くじらは立てない。
わからないのが、それと同時にこの発言。
「これは魔法です」
って、おい!
どっちよ。
どっちにしたいのよ。
ぶれすぎ。
天然?突っ込み待ち?どっちよ。ヒントくれよ。

もし、本当にマジックを不思議に見せたいのなら、練習の話は絶対してはいけません。
練習のレの字も言ってはいけません。
「練習いっぱいしたのですか?」と聞かれたら「してない」と答えなければいけません。
いけません、というか、言ってもいいですけど矛盾してるのを自覚してください。
そりゃー、魔法だって練習しなきゃかも知れないけど、その「練習しましたから」は明らかに地味なやつの方だから!
あー、やっぱり言っちゃダメです。絶対ダメ。
興ざめする。なえる。ひく。
「この本場手打ちラーメンおいしいねぇ」→「味の素入ってるから」
「笑点のおおぎりはおもしろいなぁ」→「事前に出題文教えてもらってるから」
「赤ちゃんの笑顔かわいいねぇ」→「ほっぺたの痙攣だから」
ファミレスにて→「パセリ使いまわしだから」
居酒屋にて→「そのホタテの貝の器、使いまわしだから」

言わなくていいから。みんなわかってるから。隠して、隠して。


なぜ、言ってしまうかというと、思考回路は2ルートです。
・タネを教えてくれといわれたときの逃げ道
・努力をかってもらえるという夢

観客の不思議に対するフラストレーションを解決するのは難しいことです。
「魔法です」じゃ納得してもらえないし、種を教えたら元も子もありません。
そんな中「練習しました」は確かに納得してもらえます。
楽でいいです。質問の答えになっていませんが、落とし所としては完璧に近いです。
でも、自分と相手とマジック自体を程よく全体的に冒涜、バカにしてるのでやっぱりやめた方がいいと思います。
軽い裏切り。隣の信号が赤になったから自分の信号が青になるかと思ったら、三叉路でそのまた隣が青になり、おあずけになる感じ。

「努力」好きです。特に日本人はそうなのかなぁ。ところが、これは大きな間違いです。
人は努力をする人を見て感動するのではなくて、努力を隠す人を見て感動するのです。
努力自体に優位性はありません。隠さないとダメです。
隠すのに感動するのです。称賛するのです。
正確に言うと、隠れた努力を見つけた自分に惚れるのです。
努力した人を褒めるのはついで。です。
とか、スレた事ばっかり言ってるとコミュニティのメンバーが減ってしまうのでこの辺にしておきますが。
褒められたかったら、努力をひけらかすんじゃなくて、努力してなくてもしてるような装いをしつつ隠す姿を見せる努力をしてください。
指に絆創膏張るとか。→「別に練習で怪我したんじゃないんだから!」
フリースロー→「100万本以上うってきたシュートだ、外す訳ねぇ。どあほぅ。(ボソ、小声、独り言)」
指に絆創膏+お弁当。→「いつものついでよ。別にあんたのために作ったんじゃないんだから!」
指に絆創膏+マフラー。→「あんたのイニシャルが入ったのをたまたま見つけたの!バーゲンよバーゲン」
鞄の脇に出ている折り畳み傘のふくらみ。→「ちょっと!傘忘れたから一緒に入れていきなさいよ!」
ボロボロになったデックをおもむろに脇に置いておく。→「おーいお茶をこぼしただけですよ」

というか、自称マジシャンならそのくらいやれよ!騙せよ!
練習した。とか、それ種明かしだから!羞恥心ねーのか。

ま、私は言いますけどね。マジシャンじゃないし。
といっても、言えませんけど。練習とかしてないので。
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