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今分かっている事

ニコニコ放送で分かった事

・キリンの首は「なんとなく」長くなったらしい

・ドクター中松がジャンピングシューズにこだわっている理由は「高いところに餌があるから」である。

・あの鉄の塊である飛行機が空を飛べる最大の理由は「みんながお金を払っているから」である。

・しゃっくりを止める方法。「トイザラスのビニール袋を頭からかぶる」で一瞬で直る。2秒くらいでいい。ちなみに普通のビニール袋だと2時間後くらいに再発する恐れがあるので、ひやひやしてビニール袋から手が離せなくなる。

・大好物は食事の全体の75%が終わったところで食べるのがよい。

・リポビタンDの半分はバファリンで出来ているらしい。つまり、バファリンはリポビタンに半分もってかれたので、やさしさ、で補っているらしい。

・msさんの半分は謙虚でできている。謙虚の塊。謙虚の神。らしい。謙虚な人は神とかあまり前に出る感じではないと思うのだが、そういった意味で奇跡の神らしい。

・msさんはネズミーランドによって選出された「選ばれし勇者」らしい。勇者メダルを持っていた。ヤフオクで出そうと思ったらどっかになくしていた。ただし選ばれる勇者は多量である、同時間でも5人は選ばれる。勇者も組織の歯車である。

・「HTTP://」の後によくある「WWW]は「私、割と、わがままよ」「わたし、わりと、わがまま だよ」の略であった。404 Not Found もこれで納得できる。

・ちなみにHTTPは「ハゲが太鼓の達人 パーフェクト」の略である。んで、ハッスルしすぎて「:(転んで)//(スラッシュスラッシュ)擦り傷を負った」らしい。

・ごま油はゴマから抽出された油である。サラダ油はツナサラダがら抽出された油である。

・「カロリーメイト メープル味」の商品化の影には「カロリーメイト ママの味」の存在があった。
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テクノカットカーズ切り

テクノカットカーズ切り

今回は「テクノカットカーズ切り」というテクニックをご紹介します。
何かというと、練習方法です。

1.やりたい技法を見つける。
2.動画をダウンロードする。
3.やり方を見抜く
4.一回自分でやってみる
5.封印
6.自分が出来る妄想をする
7.夢に出す
85~7を2週間続ける
9封印を解く(切る)
10.やっぱり出来ないのでまた封印する
11.9~10を5回くらい続ける

これでやりたい技法が会得できます。
もう、皮がむけたとか、まめが出来たとか、デックをいくつ潰したとか、やめてください。
大事なのはとにかく観る事。
見るではなく観るです。
実際にカードを触って練習すると、始めのうちは、スピードが遅いのとぽろぽろ落とすので練習効率が悪くなります。
だから、実際の練習はしないでください。
でもって、イメージトレーニングすればいいのですが、イメージトレーニングって簡単に言うけど、そんなもん、無理ですって。
俺はイメージできない。そもそもイメージトレーニングも時間がかかるのでやめた方が良いです。
だから、動画を繰り返し見るだけでいい。それでいい。

たくさん練習した方がいいわけです。そこはその通りなのです。
いかに、反復するかなのですが、サイクルが一番早い方法を選んで下さい。
百聞は一見に、百見は一行におよばざり。なんていうけどあんなの、嘘、嘘。
頭の中の反復が出来れば何でもいい。
実際の練習とイメージトレーニングは遅いのでやめてください。

まず、出来ると思い込む事です。
出来て当たり前、当然の事だと思うのですじゃ。
鉛筆をペシッと折るのと同じように当然の事だと思うのですじゃ。
自分は出来た。昔は出来た。なぜか今は出来ない。
ちょっと思い出して練習してみよう。的なノリで。

じゃないとマジックの練習なんかやってられませんて。
フラリッシュは楽しいので出来ても出来なくてもカード触ってれば良いと思います。
といっても、皮がむけたとか、まめが出来たとか、デックをいくつ潰したとか、やめてください。

マジシャンよ大志をいだけ

カードが一番上に来る。
で名をはせているマジックがあります。
カードの束の真ん中くらいに入れた指定の一枚のカードがおまじないをかけると一番上に戻ってくるという現象です。移動現象。あるいは数ミリ単位の瞬間移動。
この現象を3回以上程度のまとまった回数を繰り返す演技です。
カードマジックでは代表的なプロットです。
プロマジシャンなら必ずできると言っていいかもしれません。

マジックをやらない方は名前など気にしませんので「カードが一番上に来るマジック」で通っていますが、名前があります。

アンビシャスカード。

とても覚えにくい名前です。
カードはいいとして・・・・この場合のカードは特定の一枚の事ですが、あがったり下がったりするカードです。「ざ」とかつけといた方がいいのでしょうか。
問題はアンビシャスの方で、何じゃそれ。
アンタッチャブルとかアンビリーバブルとかアンブレラとか似てるのがありますが、似てるだけで違います。
意欲的とか野心的とかそういう意味です。
だから、一番上に上がって来るっというお話です。
これ聞いても、すっきりしないと思います。納得しないと思います。
こじつけもいいところ。見てる側にしてみればこのマジックはそんなファンダメンタルな不思議さではなくてテクニカルな不思議さしか伝わりません。
名前負けもいいところです。
ただの文句でした。

このプロットにはもうひとつの側面があります。
・上げる方法がたくさんある
以上の理由により「カードマジックを始める人の99%が一番初めに覚える」という特徴があります。
何を隠そう、私もそうです。
方法がたくさんあるという事はどういう事かというと
・簡単な方法から難しい方法まで取り揃えている
・見破られにくい方法から見破られやすい方法までいろいろある。
という事です。
糸口が多いです。
よくアンビシャスカードはやり方がいろいろあるから見破られにくいと言われます。
が、本質は逆でしょう。やり方がいろいろあるのは他の方法のネックを隠す為であります。
それはつまり技法と技法がメリットとデメリットで繋がっているという事であります。
1つでも上げ方がわかれば芋づる式に他の方法も分かる仕組みになっているのです。

だから、一番ばれやすいマジックです。
しかも、カードっぽいものがあればお気軽に試せます。
しかも、前田さんのおかげで日本では超メジャーマジック。
テレビとか見て「やってみたい」と思ったら、すぐ出来ちゃいます。
ゆえに「一番初めに覚えるカードマジック」になりえるのです。

方法がたくさんあるので、組み合わせがいろいろ出来ます。
他のマジックと違って自分が出来る方法だけを選んで組み立てればいいのでドコモの料金プランより簡単です。
下げも豊富です。ポケットから出てきたり、折ったカードでもあがってきたり、レモンの中から出てきたり、トランプの箱から出てきたり、ネクタイに挟まってたり、口から出てきたり、靴の中から出てきたり、窓の向こう側に張り付いていたり、表向きにしても上がってきたり、雑誌に印刷されてたり、一枚だけになってて束が消えてたり、他のカードが全部小さくなってたり、他のカードが透明になってたり、紐でぐるぐるに巻いてもあがったり、箱に入れたままでもあがったり、一枚だけ色が変わってたり、全部選んだカードになっていたり、触らなくてもカードが飛び上がったり、と。
想像力を掻き立てます。
そんな所も、とっつきやすい理由です。
上記のような現象は突飛過ぎて、もはや「意欲的なカード」とか関係なくなっていますが。
それもアンビシャスカードです。

しかし、アンビシャスて。知らんがな。
と思ったのですが、そういや1つ思い出しました。
クラーク博士が言ってた、
Boys Be Ambitious’ぼーいずびーあんびしゃす (少年よ、大志をいだけ) 。
おいおい、それを言うなら
Girls and Boys Be Ambitious'
だろうよ、クラークさん。
名前は誰が考えたかは知りませんが、もし日本のマジックブーム、ひいては前田知洋以後を予測してマジシャンへのエールをこめてアンビシャスカードという名を称したのであれば、看護婦とスチュワーデスという言葉を封印した現代を予想できなかったクラーク博士より一枚上手かもしれません。

マジックとは

:マジック=奇術=手品 条件

人によってマジックの定義はまちまちです。
やれ、
サクラをつかったんじゃマジックじゃない。
映像トリックをつかったんじゃマジックじゃない。
フラリッシュはマジックじゃない。
種明かししたんじゃマジックじゃない。
品がないのはマジックじゃない。
人を楽しませなきゃマジックじゃない。
不思議を体験させないといけない。
驚かせないといけない。
とか言います。

成り立つか成り立たないかは別として全部必要条件なので辛いところです。
ポケットから鳩が出たらマジックである。
とかなら十分条件になりますが、趣味で1人で鳩をポケットにしまってる人もいるかもしれませんしね。
そもそも、定義に十分条件使っちゃだめですかね。

病マジさんが前のコメントで
「奇術(マジック・手品)とは合理的な方法によって、観客の知覚を誤らせ、不思議の世界を体験させることを目的とした芸能である」
って書いてましたけど、これでマジシャンのコンセンサスは取れてるのでしょうか。よくわかりませんけど。

たしかに、これだと結構当たってるような気がします。
合理的ってのが難しいですが、
私はサクラも映像も合理的だと思うので、マジック。
フラリッシュは不思議がられるのでマジック。
不思議の時間範囲指定はないから一瞬不思議で後から不思議じゃなくなってもいいわけだから、種明かししてもマジック。
品は関係ないから、なくてもマジック。
楽しませる、驚かせるも関係ないのでマジック。
とまあ、こだわりマジシャンのこだわり定義は大体ぶっ飛ばされてしまうのですが、まあ、マジックでしょうね。
不思議の世界を体験ってどの程度不思議ならいいのかよくわかりませんけど、世界不思議発見はマジックなのでしょうか。

でも、この定義は無いでしょうね。
ゼンジー北京とかマギー司郎とかたまに全然不思議なことしないときありますが、あれはマジックじゃないということになります。
とかいうと、たぶん「あの人たちは特別」みたいな殿堂入り的なこと言われるんでしょうけど。
でも、まあマジックでしょうね。
じゃあ「観客の知覚を誤らせ、不思議の世界を体験させることを目的とした」
の部分を取っ払らえばいいのですが、そうすると「合理的な方法の芸能」になっちゃって、なんだかよくわかりません。
あと、この定義だとマジシャンがいなくても成り立ってしまうので、ちょっとイメージと違います。例えばハリーポッターの映画もマジックになりそうです。ドラえもんでもいいけど。

ならいっそのこと
「他人が認めるあるいは自称マジシャンがマジシャンとして行う演技の事」
ぐらいでいいのではないでしょうか。
これもこれで、何でもありになってしまいますけど。

ああ、きっと、マジックなんてはじめから存在しなかったんですよ。
幻想ですよ。


別に私はパソコンに詳しいわけではありませんが、会社のおじいちゃん達に呼ばれてキーボードを4~5回押す作業を頼まれることがあります。
エクセルの行が消えた、とか、写真が消えたとか、貼り付けできないとか、ファイルサイズ小さくしてくれ、とか、間違えてファイル消したとか。
気を使って、向こうは席を立ってくれるのですが、大体、腰を下ろす前の10秒で型が付きます。
そうすると嬉しそうな顔をして「マジックみたいじゃな」(じゃなとは言いませんが)と言って、目を丸くしてやり方を聞いてきます。自分は1時間ぐらい格闘しているわけですから魔法みたいらしいです。種を教えてもまた呼ばれますけどね。
こう書くと物凄い性格悪いみたいな感じになってますが、少なくとも私のつまらないカードマジックを見せるより断然喜んでくれますので、嬉しいです。
召喚魔法の方がレベル高いですし。

マジックをやろうとするのは難しいので、何せ定義が難しいので、難しい顔になってしまいます。それなら、ここは「マジックっぽいもの」で手を打っておくというのはいかがでしょうか。

ばばぬき

例えばフレンチキスはディープキスの事だと知ったときに衝撃が走る様に、知識にはひっくり返されるものがあります。
もしもしは間違った日本語だとか、暗いところで本を読んでも目は悪くならないとか、血液型で性格は判断できないとか、コーラで骨は解けないとか、重複はちょうふくと読むだとか、既存はきそんと読むだとか、ご苦労様は言っちゃいけないとか、低温火傷はドライアイスとかで凍傷するのと違うだとか、的は得るものじゃなくて射るものだとか、サラリーマンという単語は品のよいものではないとか、役職の後に「様」を入れてはいけないとか、「こだわる」という単語はいい意味ではないとか、大丈夫ですかと聞いちゃいけないとか、ノック2回はトイレのときだけだとか、スイートルームは甘い部屋の事ではないとか、うぐいすパンにうぐいすは入ってないとかです。

この辺は全く持って知らなきゃ良かった類です。
ぜーんぜん役に立たないにもかかわらず、人が間違ってると気になって仕様が無くなります。
それこそ、知ったときは目からうろこで、嬉しいです。
始めの2~3回はしたり顔でびしっと忠告したりなんかします。
この辺の話を相手の自尊心を傷つけないようにする話術は私にありませんので、大概腹を立たせて終わりです。
そもそも自分が知ってて何の役にもたたない事を他人に教えてどうすんだって話です。ただの音の並びだろうがよ。
正しいとか間違ってると言うの小学校に置いて来い。
結局沈黙するのですが、フラストレーションは溜まります。

最近で一番なのは「こだわる」で、前田知洋やってくれたなって感じです。前田さんも知っちゃってどうしようも無くなって本に書いてしまったのでしょう。いい迷惑です。
こだわるって単語にこだわってしまったのでしょう。
おかげで私もこだわってしまいました。
もう世の中「こだわりの味」とか「こだわりの逸品」とかで成り立ってんだからそっとしとけばいいのに、パンドラの箱開けやがって。

みなさーん「こだわる」って単語にいい意味は無いですよー。
前田さんが教えてくれましたよー。
使っちゃダメですよー。
しかも、それに変わる単語もありませよー。
(「志向の~」とかかなぁ。おいしんぼか!。)

ジョーカーが増えていくババ抜きをやっているみたいだ。
でも、私はこれですっきりした。おーさまのみみはろばのみみー。みーむ。

言葉の知識は重たいので持ち運ぶには筋トレが必要です。心の。
私は筋トレ嫌いなので全部捨てていきます。

極めて抽象的な話 Yes or No

洞窟に迷い込んだ子供を助けにってくれと頼まれ「はい」か「いいえ」か選択を迫られるので「いいえ」と答えたら「そこを何とか」と同じ質問を繰り返される、というのはドラクエにある有名な話で、ところがこれがあながちギャグではない。
といっても、選択の余地が無いくらいはまだいい方で、世の中には「世界の半分やるから仲間になれ」と言って、答えを間違えると即ゲームオーバーになる様な質問をしてくる人がいるので、それよりましである。



学生の人は何いってるかわからないと思いますが、なんかの仕事に付いた後、ニヤリと笑える場面が来るかもしれないので、この話は覚えておく事をお勧めします。

プロマジシャンになるためには


マジックを始めるきっかけになるのは「テレビに出ているプロマジシャンにあこがれて」が多いようだ。
ところが、プロマジシャンになるのは難しいらしい。
いろんなサイトで「難しい」「難しい」と書いてある。
にわかに「あきらめろ」と書いてある。
そのおかげでマジックをやって少し情報を集めたりなんかした人は大概プロになるのはあきらめている。

何であきらめてしまうかというと、まず、テクニックが追いついてしまうからである。
1年くらいやっていると、テレビ番組でやっているような手品は出来るようになってしまう。そこで思うのが「おれ、プロになれるんじゃね?」
でも、がんばってる根拠はこれだけで、周りの人は無責任に「TV出れるね」と言ってくれるもののマジックを見ても全然面白そうではない。
TVは番組だから楽しそうに驚いてくれているんだと気が付く。
そうこうしてると、どうやら自分と同じレベルの人間がゴロゴロいることに気が付いて「ああこいつらが全員プロになったら、朝の天気予報から手品番組になっちゃうよ」ってくらい落ち込む。
ようやくマジックはテクニックじゃないと気が付くと、そういわれてみればTVに出てくるプロマジシャンも大したことはしていない。
そうだ、キャラだ。
キャラ立てないとダメだ。
つったって、そんな簡単に変身できない訳で、そもそも根暗な人はアウトである。
見てくれる人もいないし。砂漠で大声で歌ってもはね返ってくる壁がないので聞こえない。むなしい。
じゃあ、プロのためのプロになるかっツー事で種を考える人になればいいのだが、できる案といったら、あっため返しのパクリ返しみたいなのしか出来ない。
プロマジシャンのサイトを見てもアドバイスは書いてない、いじわるなのか、一体どうすればプロマジシャンになれるのだろうか。

私の家のアンテナは折れていて10年前くらいからテレビは見れなくなっている。
それも助かって、私はプロマジシャン志望ではないので気苦労はしてない。
で、ついでに言うとプロでもプロ志望でもないのでアドバイスも出来ない。
だから、ここまで読んだ人、期待させてたら、すいませんでした。

プロマジシャンになるために必要なのはテクニックでもなければ話術でもなければ知識でもない。ってことしか言えません。消去法。

まー。あえて言うなら、マジシャンに限ったことではないですが、成功するのに必要なのは「コネクション」と「身の程を忘れる鈍感さ」でしょうかね。
ちなみに、私は何にも成功してませんけどね。

失敗したときの対応

マジックは生ものなので練習でいくら完璧に出来たとしても人前でやるときに失敗することがあります。
この失敗というのは、タネがばれたり、カードがぶっ飛んだり、する失敗のことです。
技法がもれたり。
このときどのような対応をしたらよいか。
多くの人が言い訳したり笑ってごまかしたりします。
これは寒いのでやめた方がいいです。
断固失敗してないと言い張ってください。
何事もなかったように次の話に移ってください。
難しいですけど。
以上。

私が今回言いたい、失敗したときの対応は、観客側の方の話です。
私がライブでマジックを見るのが嫌な理由のひとつに失敗されたときの対応に困るというのがあります。
この気まずさに耐えられません。
上記のように演じてくれる人は稀ですから、失敗されたら腫れ物確定。
ここから観客の真価が問われます。
取れる対応は
1.笑って許す
2.無視、見て見ぬフリ
3.失敗した所を指摘する
4.たしなめる

この中で一番簡単なのは「笑って許す」です。
おそらく一般の人、又は演者とあまり親しくない人はこれで済ませます。
私も無関心な人ならこの行動を取ります。
精神的に楽です。なんとなく場が収まり、相手も傷つけず、自分も傷つかず、丸く収まります。
物理的に苦労することはありますが、精神的には断然楽です。
その「時」だけを考えた対応であり無責任ですみます。
何も改善されませんが、刹那であれば優れた対応です。

「無視する」のは大変です。
失敗したのは本人が一番わかっていますから、こちらが無視するということは「見て見ぬフリをして気を使っている」という事を演者に伝えることになります。
気の使い合戦です。水面下の会話が起きます。
これに耐えられなくなるので「笑って許す」わけですが、どちらに品があるかというと「無視」の方でしょう。
相手も傷つき、自分も傷つきますが、その「場」を尊重することが出来ます。
例えば道場に入る際に場に一礼するような文化がある日本人であれば理解できる思想であります。

「失敗したところを指摘」する事は私はありません。
失敗すると立場や雰囲気のバランスが崩れますので、その均衡を保とうとします。
観客側の立場を上に上げるというのも立派な対応です。
少々嫌なやつだと思われても悪役を演じるというのも悪くないと思います。
ただし「やーいやーい」という人は大概天然で言っているので、自分は傷つきません。
アドバイスするのも同じです。相手のメンツを崩して「自分」を顕示することが出来ます。
演者だけ害を背負います。背負いますが成長する可能性を持たせることが出来ます。

「叱咤激励」は一番めんどくさいです。
「指摘」の様にテクニカルな話ではなく、根底から行きます。
「水準に達してないから見せるな」
相手も傷つき、自分も傷つき、場も壊し、その時の雰囲気も最悪です。
ただ、付き合いが長くなる様なら私はこれを選択します。
唯一「未来」があるのはこの対応だけだからです。

そもそも手品は「虚」のエンターテイメントですから、はりぼてにするのが当然で、1.2.3を選択するべきです。
99.999999%それでいいと思います。
4を選択するのはたまに真実を手に入れたくなったときだけにしましょう。

人をほめるということ

会社の朝礼でいつも「職場の教養」という冊子を読んでいる。
毎日交代で、私のフロアが20人くらいだから、3週間に1回くらいのペースで読む番が回ってくる。
朝礼当番みたいな。
冊子に載っている200字程度の文章をみんなの前で読み上げると、
「挨拶はきちんとしましょう」や「小さな親切をしましょう」「整理整頓をしましょう」
など、教訓のようなものが浮かび上がる。

基本的に誰も聞いていない。朝だし。眠いし。
書いてあることも、ほとんどステレオタイプ。惰性でやっているような、ほとんど聞く価値のない慣例作業である。

この間、こんな一言で読み上げが終わった。
「人を褒めましょう」
心底、読む番に当たらなくてよかった、と思った。
冊子の文章を読んだ後、自分の感想を簡単に並べると言うのが
暗黙の決まりになっており、恐らく私はそれに当たったら絶句してしまうだろうと予想できたからである。

人を褒める人がいる。

褒めれば手放しで喜んでもらえると思っている人がいる、ということに私は違和感を感じる。
褒めるという行為は本来とても失礼な事だという認識があるからであろう。

目上の人を褒める行為は避けるべきである。
褒めるという行為は、引き上げる行為である。
上の立場に立って、初めて効果があるのだ。
評価することであり、同時に自分が評価する立場であることを誇示する行為であるということを意識してもらいたい。立場が下の状態で褒めるという事は、相手の立場を一度下げてから上げることであり、「Aさんが伺われる。」と同じ間違った謙譲語である。

目上の人を褒めることはできない。できることは、けなす事と、文句を言うことだけである。
潔癖に考えるとそういうことである。
少なくともそう考えている人はいる。
2つの矛盾した意思表示を内包した不思議な行為である。

どちらかと言うと、私もやたらめったら褒めるほうなので偉そうなことはいえないが、「称賛の行為は失礼である」ということを出発点にすることによって無駄に肩をぶつけないですむと思う。

こんな考えを持っているから、珍しいタイプなのか、私は褒められるとイラッと来るたちであるが、気に入られようとする意思が読み取れるので結局うれしい。
めんどくさい性格である。

いずれにしろ切り札の出し方は一考の余地があると思う。

魔法に練習はいらない

ここが1つ全く理解できないのだが、
練習の話をする人がいる。
1日8時間練習しただとか、1年間研究してるだとか、半年練習してるけどまだ出来ないとか。
言う。
消しゴムの角を使われても全然気にしないたちだから、私だってそんな事に目くじらは立てない。
わからないのが、それと同時にこの発言。
「これは魔法です」
って、おい!
どっちよ。
どっちにしたいのよ。
ぶれすぎ。
天然?突っ込み待ち?どっちよ。ヒントくれよ。

もし、本当にマジックを不思議に見せたいのなら、練習の話は絶対してはいけません。
練習のレの字も言ってはいけません。
「練習いっぱいしたのですか?」と聞かれたら「してない」と答えなければいけません。
いけません、というか、言ってもいいですけど矛盾してるのを自覚してください。
そりゃー、魔法だって練習しなきゃかも知れないけど、その「練習しましたから」は明らかに地味なやつの方だから!
あー、やっぱり言っちゃダメです。絶対ダメ。
興ざめする。なえる。ひく。
「この本場手打ちラーメンおいしいねぇ」→「味の素入ってるから」
「笑点のおおぎりはおもしろいなぁ」→「事前に出題文教えてもらってるから」
「赤ちゃんの笑顔かわいいねぇ」→「ほっぺたの痙攣だから」
ファミレスにて→「パセリ使いまわしだから」
居酒屋にて→「そのホタテの貝の器、使いまわしだから」

言わなくていいから。みんなわかってるから。隠して、隠して。


なぜ、言ってしまうかというと、思考回路は2ルートです。
・タネを教えてくれといわれたときの逃げ道
・努力をかってもらえるという夢

観客の不思議に対するフラストレーションを解決するのは難しいことです。
「魔法です」じゃ納得してもらえないし、種を教えたら元も子もありません。
そんな中「練習しました」は確かに納得してもらえます。
楽でいいです。質問の答えになっていませんが、落とし所としては完璧に近いです。
でも、自分と相手とマジック自体を程よく全体的に冒涜、バカにしてるのでやっぱりやめた方がいいと思います。
軽い裏切り。隣の信号が赤になったから自分の信号が青になるかと思ったら、三叉路でそのまた隣が青になり、おあずけになる感じ。

「努力」好きです。特に日本人はそうなのかなぁ。ところが、これは大きな間違いです。
人は努力をする人を見て感動するのではなくて、努力を隠す人を見て感動するのです。
努力自体に優位性はありません。隠さないとダメです。
隠すのに感動するのです。称賛するのです。
正確に言うと、隠れた努力を見つけた自分に惚れるのです。
努力した人を褒めるのはついで。です。
とか、スレた事ばっかり言ってるとコミュニティのメンバーが減ってしまうのでこの辺にしておきますが。
褒められたかったら、努力をひけらかすんじゃなくて、努力してなくてもしてるような装いをしつつ隠す姿を見せる努力をしてください。
指に絆創膏張るとか。→「別に練習で怪我したんじゃないんだから!」
フリースロー→「100万本以上うってきたシュートだ、外す訳ねぇ。どあほぅ。(ボソ、小声、独り言)」
指に絆創膏+お弁当。→「いつものついでよ。別にあんたのために作ったんじゃないんだから!」
指に絆創膏+マフラー。→「あんたのイニシャルが入ったのをたまたま見つけたの!バーゲンよバーゲン」
鞄の脇に出ている折り畳み傘のふくらみ。→「ちょっと!傘忘れたから一緒に入れていきなさいよ!」
ボロボロになったデックをおもむろに脇に置いておく。→「おーいお茶をこぼしただけですよ」

というか、自称マジシャンならそのくらいやれよ!騙せよ!
練習した。とか、それ種明かしだから!羞恥心ねーのか。

ま、私は言いますけどね。マジシャンじゃないし。
といっても、言えませんけど。練習とかしてないので。
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