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つゆわけ


友達とそば屋に行ってそばを食べていたら
「そばをつゆに浸して食べないでください」
と言われました。
どこかで聞いた事があると思ったら、そういえば昔、私も人に同じことを言っていた事を思い出しました。
そばを食べる時はつゆに浸してはいけません。
つゆは先端につけるだけに留め、舌にはつゆがついていない部分を運び、そば自体の香りを楽しみます。ずずずとすすって音を立てて食べるのが正しい食べ方です。
なんですが、実際問題浸して食った方がうまいです。
そばの香りなんか初めの一口味わえば十分です。
あとうるさいので音を立てるのはやめてほしいです。

とはいっても教本通りにやるのを否定しているわけではなくて、そもそも浸して食べて美味しいのは私だけなので、チョコ付けのほうが美味しい人はそうした方がいいと思います。
これが不思議なもので人によって違うのかと言われるとそうではなくて、教本通りにしていた時は私もチョコ付けの方が美味しかったのです。
味や好みの問題ではなくてその時信仰している食べ方で食べるのが一番美味しいと思われます。

後は粋とか品とのバランスですが、少なくとも他人にいちいち食べ方を指摘するのも品のある行動ともいえませんので、葛藤ですかね。

パスタの食べる時にスプーンを使ってくるくる回す、とか、フォークの背中にご飯を乗せて食べる、とか、間違いに気がついたとき人間は大体2つの行動に2分されます。
間違った方法を自分なりに正当化するか、受諾して他に間違っている人を探して注意する、のどちらかです。

それ言ったら食に関してだけではないですが。
「的を射ると得る」とか「ら抜き言葉」とか「ちょうふくとじゅうふく」とか。
ターニングポイントの迎え方とタイミングでどちらにつくか変わります。
性格はあまり反映されないようです。同じ人でも受諾と反発の違いが微妙だったりします。
絶対値の大きさや火力に個人差がでるようです。
でも受諾と反発で一種のアウトラインができるわけで、性格とは関係ないところでパーソナリティーが生まれるという奇妙な現象が起きるのも確かです。

ユニバーサルカーブを過ぎたあたりからそれに気がついて「あ、やべ」と声に出しそうになると、意識的に選択するようになるのですが、壮室を超えるとそれもだんだん飽きてきます。
2つしかないのが悪いってんで3つ目を探すのですが反対にするぐらいしか思いつきません。とりあえず保留とかにしておいたりして、結局飽きても何でも教本通りにした方が楽なのかとも考えます。

強仕も来ると飽きるも何も保留したのがたまりすぎてて、手に負えない。
そういや性格とは関係ないんだと思い出し、開き直るとルーチンに乗っけて穏やかな方がいい。


年取ると口うるさくなるのはそのせいです。
という、予想。
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