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読まれない事だけを願います

手品をし始めて、私はよくwebサイトにダイブするようになった。
閲覧するようになってからすぐのことであるが、ひやりとした記事に遭遇した。
マジック海である。でもマジックは関係ない。
厳密に言うと今でも気がかりになってしょうがないのであるが、どうやら最近有名なマジシャンが亡くなったらしい。
私は知らない人である。
ひやりとしたというのはその訃報に対してである。

なんというか、唖然としたというか、1人でひやひやした。
「遺族が見たら」と思うと無駄にそわそわしてしまった。
それも、1人や2人ではない。
右のサイトにも左のサイトにも記事になっている。

何の了見で「ご冥福をお祈りします」を文章にしてしかも公表しているのであろうか。
百歩譲って他界した本人は喜ぶかもしれないが、遺族には迷惑以外のなにものでもない。
頭数でいったらそっちのほうが多い。

一瞬、遺族にブログなどに載せたいと、ことわったのかとも思った。
が、そう聞かれて断れる人などいないわけだから、聞ける訳が無い。
これがまた、若者なのかと思いきや、私より年上の人とかが平気でご冥福をお祈りしてたりする。
奇跡的に今まで身内に他界した人がいないのか。
それにしたって、相手の立場になったら少しは気が付きそうなものである。
例えば私なら殺意を抱いてもおかしくないシミュレーションができる。

それとも、遺言か何かで指示があったのだろうか。
だとすると、エンターティナーは孤独であってほしいという私のヒロイズムがもろくも崩れ去ってしまうのであるが、それならそれで納得するしかない。

これは一体何なのだろう。
自慢なのか?
自分は礼儀を知っている自慢?
有名人と知り合いだった自慢?
ジャーナリズムとしての使命感?
それとも、死んでから有名に、というゴッホ的なポジションにさせようとでもしてるのであろうか。
それは、遺族のいわば物忌みを阻害するほど価値のあるものなのだろうか。
全く持ってミステリーである。


仮に私が、私の友人を失ったとして、書けるだろうか。
それとも、私が思っているより世の中の人は図太い神経を持っているのだろうか。
私がか細いだけだろうか。

例えば一時的に感極まって、書いたとしたならわからなくも無い。
冷静になった後、消す。それなら私もやるかもしれない。
だた、今も残っているのである。


私は胸を張って常識人であると言えるほどの人間ではない。
三段論法で行くと、ひょっとしてそちらが常識なのかもしれないが、あるいはマジック海の常識なのだろうか。
私はせいぜい溺れない様に浮き輪を用意する事にしようと思う。
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マジック / フラリッシュ / デザイン / ~のコツ / プログラム関連 /
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