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嘘をつくということ nobody knows just you

嘘をつけない人間が嘘をつくことを心情にしていることはごく普通のことで何を隠そう私がそうである。
発せられるのは音だけで、後は顔に出る、肩に出る、背中に出る。
特に手に出るようで、手品を趣味にしてる身としては致命的である。
演技をしてる最中は手は震えない様にすることはできるのだが終わった後がまずい。
いや、緊張からくる手の震えは慣れによって克服したつもりだったのだがふとしたことで出てしまった。
手に出るのは振るえだけでなく、皮膚にもでる。
自分の動画を見るとさすがに自分なのでばればれである。
恥さらし以外の何物でもない。
恥ずかしいだけである。
かろうじてフラリッシュ動画は自信と自信のなさが出ているだけで、嘘はついていないらしい。

ひとえに嘘といっても2種類ある。
アウトプットの嘘とインプットの嘘である。
アウトプットの嘘はよく言う嘘であり、ばれようがばれまいが誰でもついている。
たちの悪いのはインプットの嘘の方で、大概人は情報を入れる時に
自分が痛くない様に嘘をついて聞き入れる。
これが絶対にばれない。ばれない嘘ほど怖いものはない。
ただ救いは自覚がないことである。
だから嘘をつけない人間は嘘をつくことを心情にするしかなくそれが普通なのだ。

私は手品をするとき手で嘘がつけない。
大概の人は私の手が正直でも嘘をついて見てくれる。
腹立たしいことに嘘をつかないで見る人がいて、だから私自身を見る人がいて、そんなことをされたら手も震えるわけである。
どうせ敵わないから腹いせに手が震えていることを宣言してやった。
蛙である。蛇年のはずなのだが。
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