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ユークリッドの世界へ



本に付箋を貼れるか。
100均の付箋でもいいし、ポストイットでもいい。
この問いになんと答えるであろうか。
私はyesである。何の抵抗も無い。
NOと答える人もいるだろう。
それは、見た目によるものだと思う。
付箋を雑多に貼り付けた姿は情報という名の聖域に土足で踏み入れてしまったような背徳感を覚える。
そう思う人もいるのではないだろうか。
たしかに、インデックスを付けることで効率化が図れるし、情報の引き出しの際に時間短縮が見込める。
記憶の楔(くさび)を打つのである。
読書家はその背徳感と効率化のダブルバインドに苦悩していると言ってもよい。

私はyesと答えたが実は付箋を貼る習慣は無い。
まず、学校の教科書時代は「付箋」の存在自体知らなかったし、もし知っていても、ぱらぱら漫画の邪魔になるので貼っていない。
綺麗なものである。
それ以降は、記憶力が悪すぎて、付箋を貼ってもなんで貼ったか思い出せないので、意味が無い。
一時期、私も知的な雰囲気をかもし出そうとして付箋を買ってみたが、そもそも本を読んでいない。
読んでいるのは漫画本くらいである。
気になった言い回しが書いてある所に付箋を貼ってもいいのだが、漫画本の場合少し捲れば絵で大体の場所が分かるので、探すのに時間がかからない。
付箋を貼るチャンスがないというわけだ。

そんな私でも唯一付箋の貼ってある本が1冊だけある。
しかも漫画本。失楽園というエロ漫画である。
私が何故この本を持っているのかは分からないが、何故付箋が貼られたかは覚えている。
フジサキ君が私の家に遊びに来た時の事だった。
「さーかいさーん。これ俺のお気に入りの作家ですよー。ここ付箋貼っておきますので、後でチェックしておいてくださいねー。」
どうもそのエロ漫画はエロ同人誌の有名な人の話がいくつか集まったものらしい。
彼はそこで発見してしまったらしい。
人の家に来て、人の本に付箋を貼っていくとはなんともあつかましく、したたかである。
それもエロ漫画となっては、通り越しておぞましさすら感じる。
その付箋のおかげで、その本に触れることが出来ない。
開いたら最後、私のガラパゴスに介入されそうだからである。
まるで、封印をするためのお札の様にたたずむ。
付箋には逆の使い方もあるのだなと学んだ。

彼ならエロマンガ島に行ってもたくましく生き延びるに違いない。
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