■default ---■fontsize --70% --80% --100% --120% --140% --- --■scroll_switch

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ほほえみデッドボール

会話はキャッチボールではない。
ということは知っていたのだが、ということを上記の様に箱詰めしてくれたのは前田知洋さんである。
「知的な距離感」の目次を見た瞬間手放しで膝を打った。

「会話はキャッチボール」という呪文が強烈すぎて、この魔法にかかっている人は多い。
少し考えればわかるが全く暗喩になっていない。
自分の考えを投げ、相手に受け取ってもらい、相手の考えを投げてもらい、受け止める。の繰り返し。ということを言いたいのだと思うのだがそんな「かたっくるしー」の気持ち悪くない?
というか、この通りに話が進んでいるとしたらほとんど喧嘩である。
大概の会話は話す方がずっと話して、聞くほうはずっと相槌である。
投げ返すことはない。思い立ったときにに補足したり修正したりするくらいがよい。
そもそも人は人の話を聞かないものである。そんなに都合よく聞く能力を持っていない。いい意味で。聞いたその場で理解できるほど頭よくない。すくなくとも私は良くない。そんな人も見たことない。
簡単な状況報告、背景描写ですら理解するのに5分くらいかかる。そっから、登場人物の心情とか探り始めたら1日作業である。

そこにきて「会話はキャッチボール」である。更に学校で「自分の意見を言いなさい」なんて言われたもんだから、大慌てである。鵜呑みである。
強迫観念か。結果、理解もしない内に投げ返すもんだからあさっての方向。
対応して話すパターンなんてそうない。
当座で、肯定か否定。否定する方が簡単だから大概反論である。
あさっての方向の反論。
だから、「会話はデットボール」というのもあながち間違ってない。

現実的には
避けたり、いなしたり、跳ね返したり、押さえたり、くっ付けたり、踏み込んだり、
・・・・というか殆どの動詞が当てはまるほど選択肢はある。
それだけ会話というのは擬似空間を創り出せるといってもよい。
わざわざ野球のしかも練習の一種類に例える必要はない。


という否定。いや消去法。
キャッチボールは一人しか受け取れないけど、会話は同時に2人聞ける。
はじめから、これ書いて1行で終わりにすればよかった。
呪縛から覚めなさい、俺。
スポンサーサイト
ブログ内検索ワード
マジック / フラリッシュ / デザイン / ~のコツ / プログラム関連 /
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。