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人をほめるということ

会社の朝礼でいつも「職場の教養」という冊子を読んでいる。
毎日交代で、私のフロアが20人くらいだから、3週間に1回くらいのペースで読む番が回ってくる。
朝礼当番みたいな。
冊子に載っている200字程度の文章をみんなの前で読み上げると、
「挨拶はきちんとしましょう」や「小さな親切をしましょう」「整理整頓をしましょう」
など、教訓のようなものが浮かび上がる。

基本的に誰も聞いていない。朝だし。眠いし。
書いてあることも、ほとんどステレオタイプ。惰性でやっているような、ほとんど聞く価値のない慣例作業である。

この間、こんな一言で読み上げが終わった。
「人を褒めましょう」
心底、読む番に当たらなくてよかった、と思った。
冊子の文章を読んだ後、自分の感想を簡単に並べると言うのが
暗黙の決まりになっており、恐らく私はそれに当たったら絶句してしまうだろうと予想できたからである。

人を褒める人がいる。

褒めれば手放しで喜んでもらえると思っている人がいる、ということに私は違和感を感じる。
褒めるという行為は本来とても失礼な事だという認識があるからであろう。

目上の人を褒める行為は避けるべきである。
褒めるという行為は、引き上げる行為である。
上の立場に立って、初めて効果があるのだ。
評価することであり、同時に自分が評価する立場であることを誇示する行為であるということを意識してもらいたい。立場が下の状態で褒めるという事は、相手の立場を一度下げてから上げることであり、「Aさんが伺われる。」と同じ間違った謙譲語である。

目上の人を褒めることはできない。できることは、けなす事と、文句を言うことだけである。
潔癖に考えるとそういうことである。
少なくともそう考えている人はいる。
2つの矛盾した意思表示を内包した不思議な行為である。

どちらかと言うと、私もやたらめったら褒めるほうなので偉そうなことはいえないが、「称賛の行為は失礼である」ということを出発点にすることによって無駄に肩をぶつけないですむと思う。

こんな考えを持っているから、珍しいタイプなのか、私は褒められるとイラッと来るたちであるが、気に入られようとする意思が読み取れるので結局うれしい。
めんどくさい性格である。

いずれにしろ切り札の出し方は一考の余地があると思う。
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