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エリーゼの為に

私の家のトイレットペーパーは引っ張ると音がなります。
あの、トイレットペーパーをセットするケースをなんと呼ぶか知りませんが、芯に通す部品に仕掛けがあります。
電池が入っていて少し重いです。
恐らく単3電池だと思いますが、中身を見たことが無いので分かりません。
どういうセンサーか分かりませんが、多分アイポッドを縦にすると画面が縦になるのと同じ要領で、動いたかどうか判別してるのだと思います。
トイレットペーパーを引っ張ると作動して、電子音で曲が流れます。
具体的にいうと、ゾウさんのテーマです。
ぞーおさん、ぞーおさん、おーはなが長いのね。です。
そのあとチューリップの曲が流れて、メドレーってやつです。
じゅべさんちのやつはエリーゼの為にだそうです。

私はこの話をかれこれ15年は我慢してきました。
なぜなら、誰も理解できないだろうからであります。
話のつまらない私でも唯一面白い事が言えるとしたら、このトイレットペーパーの話しかありません。
しかし、共感者がいない。シンパシーが得られません。
こんなに超絶おもしろ話なのに虚空を切ります。
ですが、20年の時を経て、解き放つ時がやってきました。
前述したとおり、じゅべの家庭にも設置されています。

じゅべに捧ぐ。

ここから先は、じゅべ以外は読まなくていいです。

まず、特筆すべきは「電池の持ち」である。
これに全てが集約されていると言っても過言でない。
「電池のもち!!」という突っ込みだけで、50回は楽しめる。
私の家に設置されたのはいつの頃でしょうか、中学生くらいの時だったと思います。
先任は芳香剤の粒が入った回すとガラガラなるやつでした。
このツールはその家庭の母が独断で導入、設置するんです。
初めの頃は「なんか鳴るなー」くらいにしか思っていません。
3年くらいすると「まあ、いつかならなくなるだろうなー(電池切れで)」と思う。
5年くらいすると、聞き飽きたというか、かといって馴染んでもいない、電池が切れない事に対する苛立ちを覚え始めます。
電池が切れれば捨てられるのですが、まだ現役ですので、そういうわけにも行きません。
10年くらいすると、電池が切れない不思議さで薄ら面白くなってきます。
そうなんです。
一度も電池交換をしたことがありません。
20年持っています。
私は電池業界に詳しくはありませんので、なんともいえませんが、素で置いておいても電池って10年くらいで切れるんじゃねーの?
なに電池なのか分かりませんが、怖くて中が見れません。
ここまで来ると、その私が分解したショックで、絶妙なバランスが崩れてならなくなるような気がして、それは出来ません。
大往生させてやりたいです。
じゅべ以外の人も読んでいるかもしれませんので念のために書いておきますが、これを読んで真っ先に思いつくのは「回転運動で充電しているのでは」です。
しかしそれはありません。見れば分かります。
とてもそんなハイなテクノロジーを使っている代物ではありません。

バカなやつほど可愛いといいますが、それに当たるのでしょうか。
そもそも「何故、鳴るのか」がわかりません。
ひょっとしたら、オトヒメのパイロット版なのかも知れません。
オトヒメがどんな音を鳴らすのか知りませんが、まさか象さんのテーマって事はないでしょう。
像さんのテーマだとただ単にうんこをした主張にしかなりません。
これがまた、なんというか、音が大きいというか、電子音の高音でよく通るというか、具体的にいうと冬場の澄んだ調子のよい空気ならば2階まで聞こえます。

うんこしたのがばれたくないので親がいる時は、そーっとトイレットペーパーを取ります。
鳴ります。
一流の爆弾処理班とかじゃないと無理です。
それぐらいはまだいいのですが、紙が切れた時が問題です。
芯を交換する時にもう一回ならすと、すごい長いうんこをしてると思われるので嫌です。
幸いにも、これは一度鳴ると、しばらくセンサーを受け付けないタイムに入ります。
10秒くらいです。
連続で鳴らないという事です。
その空白の10秒間に素早く新しいトイレットペーパーを差し込んで戻せば、アリバイが成立します。
鳴ります。
中華料理人の手際の良さをもってしてもぎりぎり位だと思います。
たまに間に合う時がありますが、慌ててるせいで、トイレットペーパーカバー?あの上のパカパカの部分を下に挟み込んだり、引っ張る方向を逆にセットしたりして、初めからやり直しです。
当然、鳴ります。
これは2年目くらいで発見したことですが、こいつは回転運動にしか反応しません。
大きな傾きはダメですが、上下運動だけなら鳴りません。
それを利用します。平衡を保ち、目線の高さで極めて慎重にトイレットペーパーを入れ替えます。
鳴ります。
静寂の分だけ高らかに鳴ります。
そんなこんなで鳴る事に関しては早々にあきらめがつきます。
早々といっても6年くらいですが。
例えば納豆を食べる時の文化など、その家庭でしか対面しない物事などだと「それが常識である」「どの家庭でもこうしている」という様な思い込みがあるかもしれませんが、トイレはどこでも入るので「音が鳴るのが常識」とは思いません。
ちょっと変わってるな、とは思いますが特別ほどではない、緩やかな慣れが体に染み付きます。
それで、たまに友達が来た時に「さかいくんちのトイレットペーパー鳴るね」と言われます。
そういやそうだったと思います。
向こうも、それ以上特に踏み込むわけではなく、かといって言いたい事は全部言った感じでもなく「鳴るね」といいます。
私は「うん」といいます。
いや、分かるんですよ。少しびっくりするというか、あわてるというか、止めたくても止められない感じ。
いらないサービス。
初めて行くステーキ屋で肉を頼んだら、店員がテーブルまで運んで来て、いきなり「お切りいたします」。
目の前でカットする余興?みたいなのをやってくれちゃって、それが思いのほか手際が悪くて、しかも細かく切りすぎな感じ。
それもだから、心臓に悪いなと思って、先に教えてあげればよかったと後悔します。
次に友達が来てトイレを使いたいと言ったら、先に教えるようにします。
「うちのトイレットペーパー音楽が鳴るから」といいます。
友は「うん」といいます。
言わなきゃよかったと後悔します。
私には手に余る存在です。

よもや永久になり続けるのではあるまいか、と思うほどの謎のスタミナを持つ象さんではありますが、現実世界の物ですのでそういうわけではないようです。
じゅべのご家庭のエリーゼはとうとう電池が切れかけているのか、音がゲリゲリいいはじめたそうです。
うちのはまだ全然鳴ります。
ホラー映画みたいで怖い、と言っていました。
確かに夜中にかすれた電子音のエリーゼは心臓に来るものがあるかもしれません。
でも、それは使用頻度が高い事の証明であり、家族がいつまでも一緒である事の証明に他ならないのです。
悲観する事柄ではありません。

それと、これは記憶が確かではありませんが、うちのも15年くらいしたときに一回切れかけたけど、その後持ち直した気がします。
それもひょっとしたら母が他界する前に電池を入れ替えておいたからなのかも知れませんが。
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