■default ---■fontsize --70% --80% --100% --120% --140% --- --■scroll_switch

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

食事を取れる回数は決まっているのでいい物を食べたい

授業中だったかどうか忘れましたけど、ある教授がこんな事をいいました。
「皆さんは若くて食べ盛りで今は分からないかもしれませんが、覚えておいて下さい。これからの人生、食事を取る回数が決まっています。だから常に1回1回の食事を大切にして本当に食べたい物を食べたほうがいいです。」
私は、なるほど、と思いました。
確かに食事に関してあまり意識した事は無いし、ついつい量に行ってしまいがちで質の事まで考えていませんでした。
反面、そんな「いい物を食べる」とか言ったって「そりゃーおめーが高給取りだから言える事で、俺らには関係ねーだろ」とも思いました。
だから、将来的にわかってくるんだろうなぁ、と思いながら聞いていました。
私、記憶力がいいわけではないのですが、何でこんな事を覚えているかと言うと、これが以外と他の方面からもよく聞くのです。
死ぬまで食事回数決まってるからいいもの食べろ理論
なんかの本に書いてあるのでしょうか。
ひょっとしたら、言わないだけで多くの人がこれを教訓にしているのかもしれません。
私も少し人生の経験を積みまして、この言葉の意味が少し分かってきました。
で、言いにくいのですが。
教訓にしている人いたらごめんなさい。
カス名言ですね。
これは。
「言うほどの事ではない」に尽きるのですが、別に死ぬまで食事回数決まって無いし。
なにが一番ダメかって、自分自分じゃん。
お前のポリシーなんか聞いてねーし。
まじ、ポリンキーでも食ってろ。
ポリンキーはおいしい。
自分以外の何にも影響しない事をわざわざ言うな。
仮にまわりに強要するために言ってるとしたら、気持ち悪い。
もし、そういう人間だと思われたい、という事なら。
いい物を食べる、って現在の状態が安定している事が前提で、視野が狭い。
いい物を食べられるかどうかは、自分で出来る事ではなくて誰かに提供してもらわないといけない事で、その与えられている側だと言う事に気がつかないバカさ加減。
感謝の気持ちが無い失礼さ加減。
ポリシー1に対してアホシー100くらいで上回ってます。
「回数が決まっている事」が「いい物を食べる事」の理由として相関とれてねーし。
関係ねーし。
そもそも「おいしいもの食べる」ってそんなに重要じゃないし。
謙虚さのかけらも無いし。
美味いかどうかなんて大概食べた後に決める事だし。
おいしいかどうかが先に分かってるという前提で話してると言う事は完全に「値段」で判断してるし。
高ければ美味いという発想がもうすでに「うまいものセンサー」ぶっ壊れてるし。
大体、そういう奴に限って、少し煮込んであると牛肉も豚肉も区別つかねーような味音痴なんだよコンチキショーーーーーーー。
ぷしゅー。

言うかいわないかで大分違いますけど、言わないとしても。
仮に「今日は少し贅沢をしよう」という時の踏み台にする為に存在しているのだとしたら、別に「今日は食べてみる」でいいじゃない。
桜が咲いてるから酒を飲むって方がまだ品がある。
スポンサーサイト
ブログ内検索ワード
マジック / フラリッシュ / デザイン / ~のコツ / プログラム関連 /
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。